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2019.10.25

正力松太郎の決断する勇気とは

正力松太郎の決断する勇気とは

「いや、いまだからこそやるのだ」
 
正力松太郎(読売新聞社社長)

正力松太郎氏は1885年、富山県で生まれた読売新聞社の社長だ。
東京帝国大学法科大学卒業後に警視庁へ入った。そこでは、米騒動鎮圧などの功績を残したことで警視庁警務部長まで出世したという。しかし、1923年の虎ノ門事件で引責辞退し、その翌年、読売新聞の社長に就任した。
 
1931年、満州事変が起こると、正力氏は速報戦を制するべく夕刊の刊行を決断する。ところが、編集人員も工場も足りなかったことから、現場から大きな反発を受け、自宅にまで押しかける事態となりた。実際に当時のメディアである東京日日、郵便報知、東朝と夕刊を出した新聞社はことごとく失敗していましたが、泣きつく編集部員たちに動ずることなく
「人間は増やす。朝日でも、東日でもいい記者があったらどんどん引き抜いてこい。」と一蹴した。
 
この正力氏の無謀にも見えた判断が結果的に大当たりし、夕刊発行がきっかけとなり読売新聞は数年後、100万部近く部数を伸ばした。
1952年には、日本テレビ放送を設立。民法放送局のシステムを確立した「テレビの父」や大日本東京野球倶楽部を発足させた「プロ野球の父」とも呼ばれている。

まとめ

経営者や組織のリーダーには大きな決断が迫られる時がある。
そして、その決断の多くは大きな難題を目の前にしていることも多く、決断によりどのように変化するかは誰も予測できない状況ということもある。しかし、そんなときでも組織を引っ張るのは経営や組織のリーダーであるといえる。

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