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2019.12.18

【総資産額2000万ドル!詐欺師の成功法則】ニセ医者ジョン・ブリンクリーがマーケティングの天才と呼ばれる理由

【総資産額2000万ドル!詐欺師の成功法則】ニセ医者ジョン・ブリンクリーがマーケティングの天才と呼ばれる理由

驚異の資産2000万ドルを築いたジョン・ブリンクリーという人物

ジョン・ブリンクリーは、合法的な医学教育を受けることなく、男性を相手に不正に医療行為を続けた人物です。彼はアメリカ史上、最も長期にわたり、最も常識を逸脱した医療詐欺をはたらいた重罪人とみなされています。
ジョン・ブリンクリーは、治療のプロモーション活動のなかで、ラジオ放送を使ったビジネスのアイデアを数多く生み出しました。彼は医者という面よりも、広告やマーケティング活動、企業や社会との信頼関係を構築するのに大変優れていたとされています。

<ジョン・ブリンクリーの経歴>

・1885年7月、アメリカのノースカロライナ州で生まれる
・1905年、医療行為のマーケティングのキャリアを開始
・1918年、カンザス州ミルフォードに、初めての診療所を開設
・1920年までにヤギ腺移植手術の博士として国民的な注目を集める。このときから国全体に向けて宣伝を開始
・1923年、ジョン・ブリンクリーは、アメリカ中西部で放送免許を手に入れ自分のラジオ局をつくる
・1920年後半、ラジオ番組などメディアの影響力を利用し、500件以上のドラッグストア経営者とのネットワークを形成。その経営者ネットワークにブリンクリー・ブランドの薬品を卸し始める
・1930年、業界誌「ラジオ・ダイジェスト」がブリンクリー所有するKFKBラジオ局がアメリカで最も人気のあるラジオ局であると発表。一気に国民の名声をあつめる。
・1931年、連邦無線委員会(連邦通信委員会の前身)に放送免許をはく奪される危険性を感じ、ブリンクリーはKFKBを売却。連邦当局の権力が及ばないメキシコにラジオ局を建設する
・1942年、ブリンクリーと妻のミニーは郵便詐欺の罪で連邦検事によって起訴される。これにより、数十年にわたる米国医師会、法執行機関のジョン・ブリンクリーに対する追求は幕を閉じた
・1942年5月、ジョン・ブリンクリーが亡くなる
 

成功に導いたシンプルな方程式

ジョン・ブリンクリーの成功はとてもシンプルな方程式でした。
その方程式とは、
「問題点の提示→問題である理由の説明→解決策の提供」
という誰もが当たり前に知っている公式です。彼はこの公式に基づき、誰にも相談できない問題を見つけ出し、解決策を売るために人々の感情を強く刺激しました。
これは、次のように実際のビジネスにも実践することができます。
 
■問題点の提示
重要なスタート地点。問題点は、心が張り裂け、心配で夜も眠れないほど衝撃的であればあるほどうまく利用できるとされています。
■問題である理由の説明
イメージのわきやすい事例を紹介することで対象者の共感を呼ぶことができます。また、言葉で伝えるのが難しい場合、チラシや電子媒体を利用するのも効果的です。
■解決策の提供
「この人なら解決してくれる(はずだ)」と思わせる対象者にとっての価値を提案します。
この手順で何より大切なのは対象者=ターゲットが定まっていることです。誰に提案するのか、が定まっていることでより深く正確にメッセージを気持ちに届けることができます。
 

莫大な財産を築いたジョン・ブリンクリーの価格戦略

ジョン・ブリンクリーの提供する治療の価格は相場をはるかに超えるプレミアム価格でした。
価格戦略において、一般的には売れる範囲でできるだけ価格を上げたいと考えます。高すぎる、と思われることを恐れて価格は受け入れられやすいものに落ち着くのです。しかし、それでもジョン・ブリンクリーの法外価格においては、患者自身が喜びながら払っていたのです。
その理由は、価格弾力性でした。治療の結果は、まさに患者にとって願ってもない結果であり、その価格に応じてでも得たいという心理を利用したものです。
消費者は、ドラマチックといえるような結果をイメージすることで、その結果を得たいという人にとって価格は障害になりません。
ジョン・ブリンクリーは、高い安いだけで判断されないような価値を提案していたのでした。
 

圧倒的な宣伝効果を生んだメディア戦略

メディアを使った宣伝は、ジョン・ブリンクリーだけではなく現アメリカの大統領ドナルド・トランプも利用している戦略です。
メディア戦略とは、自社の広告・宣伝で実現することのできない効果を得ることができます。そして、メディアからメディアに、人から人にすさまじい勢いで拡散されていくのです。

ジョン・ブリンクリーは、メディアの拡散力により社会的な「信頼」というブランディングをつくることができました。彼は、ラジオのみならず、新聞、映画、書籍、講演に至るまで、さまざまなメディアをつかい拡散させていったのです。これは、現代におけるソーシャルメディアによく似てるといえます。
 

「信頼」という社会的証明のつくりかた

ジョン・ブリンクリーは、ブランド戦略のなかで社会的証明にこだわりました。実際に治療に成功した人をラジオやその他メディアで成功の証言人として出演させたのです。
このように実際に体験した人の意見というのは、どのようなビジネスにおいても「社会的証明」という強力なツールとして活用することができます。財産ともいえる証言人が見つけられていない場合、すぐにでも見つけ活用することをおすすめします。
 

心を揺さぶった6通の手紙

ジョン・ブリンクリーは、6通の手紙で見込み客の心を揺さぶりました。最初の3通目までは愛想のいいご挨拶です。その後の手紙の内容をご紹介します。
 
(4通目)
あなたは私をからかっているのでしょうか。
さらに詳しい資料を希望されていると思い、ご来院されるものと信じて資料を送らせていただきました。
しかし、まだご予約をいただけていないので、私を「からかっている」と感じています。万が一、ご来院の気持ちがないときはその旨をお知らせくだされば含むところはありません。
正直、最良の方法と存じます。
 
(5通目)
あなたはどういうおつもりでしょうか。
私たちの仕事を詳しく知りたいと思い資料を送りました。また、資料とともに手紙も送っていますが返事すらありません。
 
(6通目)
これがあなたへの最後のお知らせです。さらなる猶予はもうけることができません。承知いたしかねます。
 
ジョン・ブリンクリーは、なぜこのようなまでに挑戦的な手紙を送ったのでしょうか。
この手紙には、彼の綿密なまでの戦略がたてられていました。
段階的に手紙を送り、緊急性とサービスの供給量の限度を明確に示すことにより読む人の気持ちを揺さぶったのです。こうして、無関係な人から手紙でも二度見をしてしまうような文章で興味を引き出していきました。
 

まとめ

この記事では、ジョン・ブリンクリーのマーケティング技術の一部を紹介しました。
世界でも手本とされるジョン・ブリンクリーのマーケティング技術は現代においても利用することができます。
新しい何かをはじめるにあたり、戦略的に取り組むことで求める結果を達成させることができます。仕事、恋愛、お金など、求める結果を実現するあたりぜひ参考にしてみてください。
 



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